意味を見出すと脱コントロール思考になっていく
4月など新年度になると新しい学校、新しい職場などで今までと
違った環境になる人は多いと思います。
新しい環境、今までと違った環境で友達は出来るのだろうか、
職場であれば馴染めるのだろうかと、新しい環境に対して
不安に感じる人も多いかもしれません。
このような不安は誰しもが経験する不安だと思います。
このような不安を抱えつつも、フレッシュな気持ちでいるうちは
まだよいのですが、だんだんその環境に慣れてくると、
・この環境に意味があるのだろうか
・自分は本当にここでいいのだろうか
・思っていたより楽しくない
というような思いが湧いてくることがあります。
このような時はその環境から脱出したくなる時もあるかもしれません。
部活であれば、自分はレギュラーになんかなれそうもないから部活に
行きたくない・・・。
学校であれば、成績が良くないからつまらない、友達ができないから
行きたくない・・・。
職場であれば、やってみたら自分にはできそうもない、イメージと
違ってきた、能力が発揮できそうもない、収入が少ない、雰囲気に
馴染めそうもない、などなど・・・。
ネガティブな理由はいろいろ出てくると思います。
しかしどんな環境であれ、
・つまらない
・楽しい
という感情(視点)に捉われてしまうと、次第にその環境に対して
意味を見い出せなくなっていきます。
・つまらない=ダメ
・楽しい=良い
という、まるでデジタルのような思考にハマってしまうと、
何をしてもやることの意味を見いだせず、「つまらない」
という負の面ばかりが強化されクローズアップしていきます。
しかしこれは極めて短期的で感情的な面でしかない、ということが
ほとんどです。
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私は社会人ですので、ここで私の職場を例にとりましょう。
私にとって今の職場は「つまらない」というのが正直なところです。
けれど私は職場の「楽しい」ところだけを求めて職場に行っている
わけではありません。
私にとっての職場とは、まずは「家族を養うための収入を得る場」です。
そして会社員という自分の「社会的ステータスを得る場」でもあります。
また通勤時間は仕事ではないですが、通勤時間も仕事として捉えれば
「趣味の時間」であり「勉強の時間」でもあります。
そして今はまだ活かし切れていませんが、「自分の持つ資格や
能力を磨くための場であり、そのデータを集める場」でもあります。
この私の持つ資格や能力は、今の職場で発揮されるかはわかりませんが、
今後は別の職場や場所で発揮される可能性もあり得ます。
もっと言いますと、残業がほとんどなく定時帰社が可能な職場なので、
それも今の私にとっては大きなメリットです。
と、こんな感じで、どんなに「つまらない」と感じる職場でも、
そこに意味を見出すことはできるものです。
これは自分気持ちをごまかしているわけではありません。
短期的かつ表面的かつ感情的に見れば、今の職場から離れた方が
良いと思います。
しかしもう少し長い時間軸で感情に捉われずに見ると、まだしばらくは
今の職場にいたほうが良さそうだとも考えられます。
ここの判断はとても難しく、今の自分の判断が正解かどうかは分かりません。
しかし無理をして「つまらない」を「楽しい」に換えるためだけに
職場を変えるのは、あまり意味があるとは思えません。
このような「無理をして」という思考こそがコントロール思考だと思います。
脱コントロール思考なら、あまり無理をしません。
自然に身を任せるような、他人から見ても
「ああ、そうだよね、それなら転職したほうがいいよね~。」
という、そんな自然な流れで、多くの人が納得するような転職になる
ものです。
仕事をどんなにやってもどうしても意味を見い出せないなら、自然の流れで
(脱コントロール的流れで)より条件の良いところ(金銭面も待遇面も)
に転職できると思います。
なぜならこのような時は職場のレベルがあなたにとって低すぎるので、
より高いところ・より条件の良いところに自然と行くようになるのです。
ですがもし今の職場より条件が下がるような転職だとしたら、
それはコントロール思考になっている可能性が高いと思います。
学校でも仕事でも家庭でも、もっと言えば人生でも、不満がある中にも
意味を見出すことができるかどうかがとても大事なような気がします。