思えば高度成長期はずっとコントロール思考だったのかもしれない
日本が戦争で負け、戦後は猛烈な勢いで復興を果たしました。
世界でも稀なスピードで復興を成し遂げた国。これは誇るべき
偉業だと思います。
しかし一方で異常ともいえるくらいのスピードで復興したという
プラスの面だけではなく、それと同じくらいのマイナスの面も
あったのではないかと私は思います。
それは日本にコントロール思考が広まってしまったことです。
確かに戦後の復興期→高度成長期の間は、コントロール思考のほうが
何かと都合が良かった面が多かったと思います。
・やればやるだけお金が得られる
・働けば働くほど良い生活ができる
・良い大学に行けば良い企業に入り安定した生活が送れる
これらのことは確かにプラスの面が多く、仕事をする上で大きな
モチベーションになったのだと思います。
日本がまだ貧しい国だったところから先進国へ成長していく。
その時代は色々なこと、色々な人が
コントロールできている!
という感覚があったのだと思います。
この感覚はテストで10点だったのが、40点→50点→70点・・・と
上がっていく感覚に近いかもしれません。
しかしこれは、比較的多くの人が成し得るコントロールです。
これがもし90点からスタートだったらどうでしょう?
90点を95点にするのはとても大変なことです。
そう簡単にコントロールできるものではありません。
思えば日本の高度成長時代は10点→30点→60点・・・・と
いったことだったのかもしれません。
そしてこれが悪いことに
自分たちは(色々なことが)コントロールできる!
と勘違いをしてしまった人を多く生んでしまったのではないか
と私は感じています。
その人たちとその子供たちはそのようなコントロール思考を
多く持っているような気がしています。
・コントロールできて当たり前。
・お金をたくさんかけることが良い。
・モノを沢山持てば素晴らしい。
・仕事をやってお金をたくさん得れば、良い生活ができる。
そう信じて疑わない人たちが今もたくさんいます。
しかしこの思考だと、どういうわけかうまくいかないことも多い。
これはコントロール思考が原因だと私は思います。
何でもコントロールできると思い込み過ぎているのです。
しかしこれはもう過去の話。
日本はすでに成長期から成熟期、そして衰退期に入りつつあります。
成長期のようなコントロール思考だけではもはや通用しない時代に
なってきています。
今、うつ病をはじめとする精神疾患が増えていると言われていますが、
これだけ豊かな時代になっているのに何故?と昔の人からしたら
感じるかもしれません。
しかし昔の人は
コントロールできなくて当たり前
という考え方が根底にあったのです。
不便で当たり前、苦労して当たり前、何でもかんでも望み通りに
なればバチが当たる。このような考え方が根底にあるから、多少の
ことではイライラしない。
できて当たり前という世界なのです。だから
コントロールできない=悪
となって、ストレスが溜まる。
「世の中が複雑になったから」とか、「人間関係が希薄になった」とか、
「スマホやパソコンが普及したせいで」というのはあまり関係ないと
私は思います。
それよりも
ここが根っこにあるのではないでしょうか。
高度成長時代は良かった面も悪かった面もありました。
物質面ではとても良くなり、生活はとても快適になったと言えますが、
精神面ではむしろコントロール思考が強くなりすぎて退化してしまった
面があったのでは、と私は思います。
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